2004年巻頭言集

No.72 2004.1  (社)海外農業開発コンサルタンツ協会   会長 佐藤 昭郎
2004年の年頭にあたって

ADCA会員および賛助会会員ならびに関係機関の皆様、新年おめでとうございます。

年頭にあたり2004年が皆様方にとりまして良い年となるよう祈念いたします。

昨年の第3回世界水フォーラムでは、きわめて多数の参加者が水問題に関して活発な議論を行いました。水問題は、開発途上国での貧困対策、食料の確保、環境保全等に最も関係の深いものであり、ローカリティを尊重する農業開発や農村整備の中心課題ともなっています。

一方、経済のグローバリゼーションの下、市場化経済への動きは益々加速化し、水問題も正にこうしたグローバリゼーションの影響下にあると言えます。そのため、環境問題、資源としての統合管理、住民参加の問題、効率的使用のための施策や技術等々といった観点から現在も水に対する議論が継続されています。こうした問題のうち、貧困者に対する水の確保供給と衛生施設の改善がサミットなど主要な国際的会議を経て、途上国の開発目標の一つとなっています。これら二つの問題でターゲットとなるのは主に都市部の貧困者と考えられますが、貧困者の多くは農村部に住んでいるのが実態です。途上国においては、ローカリティを尊重した農村整備を通じて環境保全を積極的に進め、併せて持続的開発を目指す農業開発と水資源の開発保全が重要であると考えられます。

第3回世界水フォーラム開催中にイラク戦争が起こりました。国連を中心に戦後の復興に向けたイラク支援が宣誓され、巨額の援助資金が世界各国から提供されることになりました。イラクに対する支援を始めとしてアフガニスタン、スリランカ等への援助が国際的視点から取り上げられてきたため、政府開発援助大綱の見直しにも反映されたように日本の援助資金の使途が大きく変わろうとしています。又、国際協力事業団は独立行政法人国際協力機構として新たに出発し、その役割もまさにこうした世界の情勢を反映する方向にあると言えます。

こうした波がこれまで日本の援助のいろいろな分野で貢献してきたコンサルタンツをはじめとする民間企業に対しても大きく影響し始めています。コンサルタンツは企業としては利潤追求をする立場にありますが、同時に経験技術の蓄積を図った上、リスクを背負いながら援助成果に対する責任を果たす立場にあります。メディアの伝えるところでは、欧米は、日本では抑制的な公共投資を大々的に進める予定であるとのことです。援助の世界でもインフラ整備を控えてきた国際機関は最近ではインフラ整備の重要性を強調しています。特にアフリカにおいてはこうした傾向が強く言われ、失われた年限を取り戻そうとするかのようです。ハードを伴わないソフトが余りにも強調され過ぎた結果と考えてよいのではないかと思います。

グローバリゼーションの下ではローカリティの尊重が持続的開発に重要な役割を果たします。日本のコンサルタンツが途上国のローカリティの重要性を認識して積み重ねてきた経験、知識、技術を農村整備と農業開発、水資源の開発保全等に活用することが日本の援助をより一層、効率的、効果的に進めることにつながるのではないかと思います。

平成16年1月


No.73 2004.4   日本技研株式会社  大堀 忠至
新たな<水土の知>の定礎に向けて

平成13年に農業土木学会から農業土木のビジョン、“新たな<水土の知>の定礎に向けて”が発表された。仏教の輪廻の思想にも通じる「循環の原理」で始まる主文は、何回読み返してもその度ごとに、何かしら示唆を与えてくれる。

グローバリゼーションの名のもとに、一方の価値観で他方を判断し、いつのまにかそのデファクトスタンダード化が進行することにビジョンは警告を発している。 WTO加盟に始まって以来、ISO品質規準、性能設計基準の導入、技術士制度の改正、さらに、JABEE認定制度による技術者教育の改革等、見方を変えればまさに、デファクトスタンダードの導入が目白押しである。次に来るもののひとつは、世界水会議の議論を通じてみれば、「水市場」、すなわち、オイルと並ぶ水の経済財化であろう。もうすでに飲料水はガソリンより高い値段で売買されている。<水土の知>ビジョンは、農地のかんがいシステムにおいて、水の経済財化を絶対に許してはならないと主張しているように思える。

循環の原理で言う物質の循環は、農地だけでなく、流域の森林、湖沼、河川から農村・都市部を包含し、海岸の湿地帯や海域にまでおよぶ循環の系の中にある。主として、草地をかんがいする欧米のかんがいシステムでは、上水道と同じく水を経済財として扱い、すべてのコストを課金により回収することが可能であろうが、水田農業を主とするモンスーンアジア地域のかんがいは、上記の循環の系の中で成立しているものであり、これらの循環はコストとして扱えない。21世紀は「水の世紀」と言われているが、世界人口の増加と食糧難を「水」を市場経済化することによって解決しようとすることは、開発途上国においては貧困層の切り捨て、日本においては自給率の低下を招くことにつながる。この意味で食料の輸入は、他国の「水土」他国の「循環」の輸入に他ならない。

エンジニアは、<水土の知>が言う物質の循環の中で、エネルギーの循環または収支も考慮しなければならない。たとえば、1haの水田をかんがいするために消費するエネルギーはどのくらいか。または、1kgの米を生産するために消費する水、太陽光、肥料、農薬、労働力、および収穫、脱穀、保存、運送等に要するエネルギーはいくらで、生産されたエネルギーはどこにどのような形態で保存されているのか。その収支はどうか、牛肉1kgではどうか等検討する必要がある。

地球温暖化は過去100年間で全球地上気温 0.6±0.2℃ と言われている。日本での全国平均、+1℃/100年は全球平均より大きい。さらに、都市部では 2.5℃/100年であり、都市部の日最低気温は 3.1〜4.1 ℃/100年も上昇している。かんがい計画を論ずるとき、規模の大小にかかわらず、物質の循環、エネルギーの収支等を視野に入れる必要がある。

水を経済財として扱い、たとえばシベリアの湖沼からパイプラインを引き、往路空荷のタンカーに水を入れて中東に輸送する計画もあると聞く。シベリアの凍土の上に発達する冷涼な高気圧はアジアモンスーンの動向に影響を与える要因のひとつである。開陸面に存在する水は単に市場経済に組み入れることは出来ない。

今までにエネルギーを消費することによって発展を遂げた経済活動は今後は全球的視野のもと、地域のエントロピーを少しでも低下させる方向を目指さなければならない。時代の節目に<水土の知>のビジョンが示されたのは意義深いと考える。

平成16年4月


No.74 2004.7  独立行政法人国際協力機構 監事, (前)在エチオピア日本大使 庵原 宏義

国際協力と新生JICAが目指す方向

20世紀の末、ポスト冷戦期を迎えた国際社会では、紛争が減少して平和で安定した時代が到来し、世界経済もグローバリゼーションによって活性化し、21世紀には豊かで活気に満ちた国際社会が実現できるかのごとく期待されていた。しかし、新世紀になって早や5年が過ぎ、 9・11事件の発生以降、世界は混迷の度合いを深め、イラク、パレスチナでは和平が遠のき、テロによる社会不安は増大し、貧困問題は解消されず、社会の格差は拡大する等憂慮すべき事態となってきている。

ここ数年、国際社会の重要課題は(1)イラク、アフガニスタン、スリランカ、およびアフリカ紛争諸国等での平和構築と復興支援、(2)テロ対策とその予防、 (3)貧困問題の解消、であり、この他にも飢餓、難民、災害、人権抑圧等の人道的課題、エイズ・SARS等感染症、水、環境、ジェンダー格差等地球的規模の課題が多く残されている。これらの課題は国境を越えて複雑に絡み合っており、個々の社会的弱者にとって、直接「人間の尊厳」にもかかわる脅威ともなっている。上記課題は年々深刻の度合いを高めており、国際社会が一層協力して取り組むべき課題はむしろ山積しつつあるといっても良い。

特に貧困問題は上記のほぼ全ての課題と密接に関係している。例えば、将来に希望も持てない絶対貧困層と難民は紛争地域周辺に多いし、テロの温床にもなりやすいとも言われている。旱魃・洪水等災害の発生で、飲料水不足、飢餓、感染症等に苦しむのは一義的に絶対貧困層と社会的弱者である。またアフリカでは貧困が砂漠化を促進し、地域環境の悪化が絶対貧困層を増大するという因果関係も確認されている。世界人口60億人のうち、貧困人口は28億人(1日2ドル以下)、絶対貧困人口は12億人(1日1ドル以下)であり、その約4分の3は農村地帯に住む住民と言われている。

私の前任地エチオピアを例にとれば、この半世紀の間、紛争と旱魃に常に悩まされ続け、一人当たりGDPはここ何年も約100ドルという世界の最貧国の一つである。総人口の85%が農村地帯の住民であり、その住民の大半は穀物と牧畜が主力の自給自足的な農業を営んでいる。生産性は低く、ちょっとした異常気象による旱魃でも直ちに食糧危機に陥ってしまう飢餓の常襲地帯も幾つかある。

そのような状況の中、国連と多くの援助機関は貧困削減政策を重視し、援助量の増加を表明しつつ、さまざまな政策を打ち出しているが、成果はなかなか予定通り見えて来ていない。

新生JICAは2003年10月、独立行政法人国際協力機構に衣替えして緒方貞子理事長を迎え、新たな第一歩を踏み出した。新生JICAの柱は

1.成果を重んじ、効率性を追求すること、

2.事業と経営を透明化すること、

3.国民の理解を得て広く市民レベルの国際協力を進めること、

4.国際社会と連携して復興支援を通じた平和構築に貢献すること、である。

更に上記を推進し、様々な途上国の開発問題により的確かつ迅速に対応できるよう現場の体制を強化する。すなわち、国内から援助の現場を熟知する在外へ大幅に人員を移し、権限のかなりな部分を在外事務所に移す方針を示している。また途上国の事業現場と事務所活動を強化・支援するため、新たに地域支援事務所を6ヶ所設置し、各地域共通の課題に効果的に取り組む。本部組織をフラット化し、8つの実施部(これまでセクター別になっていた開発調査部とプロジェクト事業部)を5つの課題部(社会開発、人間開発、地球環境、農村開発、経済開発)に統合し、在外事務所活動を強力に支援することとなった。在外においては、大使館と援助実施機関を主体としたODAタスクフォースの設置が進んでおり、ここが現地ODAの政策と実施に重要な役割を果たすことが期待されている。対象地域としては貧困・飢餓・保健・エイズ・教育・環境等の開発課題が山積するアフリカへの支援を人間の安全保障の視点を加味して強化する一方、アジア地域においては近年の経済発展や日本との貿易・投資等の関係も踏まえた新しいパートナーシップの構築を目指していく。また、JICAは政府開発援助の実施機関として政府と連携をとりながら、援助現場から得られた経験・知見を援助方針の立案にも提言していくこととしている。

農業土木の先達は戦後、荒廃した農村に立ち、農村社会と行政との調和を図りつつ、新しい制度と技術を導入し、わが国の農村地域が生産力豊かになるようその発展に大いに貢献して来た。また1960年代以降、アジアの農村開発への支援にも立ち向かい、食糧増産と農村地域の発展に数多くの実績を残し、またその過程で様々な経験・知見を蓄積してきた。

新世代の方々は、これまでの伝統・経験を踏まえ、新たな感性と技術を加味して地球的規模の課題・人道的な課題である貧困問題の解消、食糧安全保障の問題、水問題、環境問題にチャレンジし、世界の抱える重要課題の解消に向け、積極的な役割を果たしていただけるものと期待している。

平成16年5月


No.75 2004.10  日本工営株式会社 取締役社長 高橋 修
平和構築の担い手として

21世紀に入りましたが、国際社会は解決すべき多くの難しい問題を抱えています。2001年に発生した9・11米国同時多発テロ以降、テロの脅威は地球規模での広がりを見せています。さらに、アフリカを中心に、多くの開発途上国では、貧困、紛争、環境破壊などの厳しい現実が続いています。先進国と開発途上国の間の貧富の格差がテロや紛争の原因のひとつであるとも言われており、貧困削減と平和構築は国際社会が一体的に取り組むべき緊急の課題となっています。

貧困削減および平和構築のために、わが国をはじめとする先進諸国の開発援助(ODA)による国際協力の重要性がますます高まっています。同時に、わが国のODA削減の流れの中で、ODAの費用対効果および援助効果の持続性を高めるための工夫が必要になっています。農業農村開発の分野では、食糧の生産・貯蓄・加工・流通等を対象とした従来の農業振興型の協力から、社会基盤(インフラ)整備、基礎教育、保健医療、産業振興等を含めた地域振興型の総合的な協力へと質的な転換が求められています。これは、社会経済環境の総合的な整備を無くしては持続性ある貧困削減を実現できないという基本理念に根ざすものであることは言うまでもありません。また、今後は、紛争後の農村地域における復興支援、ベーシックヒューマンニーズ(BHN)の充足等による難民地域の生活改善、帰還兵士の定着促進等の総合的な復興支援にも軸足を移し、平和構築へ直接的な貢献を果たししていくことが期待されています。

このような開発援助の質的転換の流れの中で、海外農業コンサルタントには、農業生産技術だけでなく、地域社会を取り巻くさまざまな分野で必要とされる要素技術を融合した最適な解決策を導く総合力が求められています。とりわけ「人間の安全保障プロジェクト」の達成プロセスにおいて、農業農村開発に携わる海外農業コンサルタントが重要な責務を担っていくことは疑う余地がありません。

(社)海外農業開発コンサルタンツ協会(ADCA)におかれましては、1977年の設立以来、海外農業開発協力事業の推進を目的として、プロジェクトファインディング調査、情報収集調査、技術者研修、講演会・勉強会等の様々な業務を行い、海外における農業農村開発に大きな役割を果たしてきました。総合技術力が求められている海外農業コンサルタントの要として、その役割は今後ますます大きなものとなると思われます。われわれ海外農業コンサルタントは、ADCAとともに、高い技術力を軸に、平和構築の担い手として世界に貢献していく使命があると考えております。

平成16年9月



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